生命を巡る倫理とは

  • 2019.09.26 Thursday
  • 18:20

 

 

 今日は夏休み明け、2カ月ぶりの講義のために専門学校へ。現在担当しているのは2年生の「生命倫理」の授業。しかし、高校以来、ずっと文系コースをたどり続けて来た人間である私がこの授業を担当していることを我ながら不思議に思う。もともと教え始めたのは「死生学」という授業であり、もう一つの担当科目「キリスト教概論」と合わせて、牧師として10年前に依頼されたのが始まりだった。 しかし、数年前の授業科目の改変に伴い「死生学」は廃止され、代わりに生まれた「生命倫理」のクラスをそのまま担当することに。  

 

 専門外と言える科目であったがために、私自身も一から学び初めて今に至るのだが、その内容は興味深い。安楽死、生殖医療、パーソン論、医療機会の均等等、そこで扱うテーマは諸々の時事問題とも重なる事柄、必然的に関連するニュースや記事にも日常的に注意が向くように。  命とは何か?死とは何か?人間の存在とは何か? こんな問いを学生達と共に考え続ける毎週の時間を重ねながら、ああ実はこれは、牧師として自分が向き合い続けるテーマに他ならないのだと納得している。

卒業していった君たち

  • 2019.03.16 Saturday
  • 20:05

 

 

 神学校を15年前に卒業して以来、自分自身が「卒業する」経験は、もうとんとないのですが、毎年、自分が専門学校の教室で向き合った教え子たちが卒業していくのを見送る経験を重ねています。  

 

 先週、卒業式を迎えた4年生たちを祝福するために駆け付けた卒業感謝会にて、彼らと過ごした時間を振り返っていました。授業もそうなのですが、毎年それぞれの学年には「特徴」があります。この学年の学生達とは授業終了後に教室で「人狼ゲーム」を一緒にしたことや、バイト話で盛り上がったり、毎週のように昼休みにキャッチボールをしたことなどが思い出されます。

 

 同時にこの時期に重ねて思い出すのはかつて教室での時間を共にしたこれまでの卒業生たちのことでもあります。最初に担当したかつての学生達はもうそろそろ年齢も30歳に届く頃でしょうか。県内、県外、各地に散った(散って行く)卒業生たちの歩みの祝福を祈りながらの帰り道でした。 ああ、会いたいなあ。

「源流を遡る」アメリカ旅行記 no.11  〜無事に帰れますように〜

  • 2019.03.06 Wednesday
  • 22:27

    

 

バッファローを後にし、西海岸のカリフォルニア・ロサンゼルスに飛び、3日間滞在することにしたのですが、この最後の晩にちょっとした?ハプニングが・・・。  お世話になっていた家から、夜にちょっと散歩にと、娘と2人で出かけたものの、ほんの15分ほどの距離の帰り道がどうにもわからないのです…。まさに迷子でうろうろうろうろ、何度も何度も通ったはずのルートを歩き回っても、一向に帰り道を見つけることが出来ません。GPSが使えるはずの携帯電話は、充電切れで未携帯…。住所はそもそも覚えておらず…。人の視線を感じて振り返ればマネキン…。そうこうしている間に、時間は午前0時半に。「無事に帰れますように」と、道端で祈る父娘。  すると、犬の散歩をさせていた夫婦を発見。警戒されるも話しかけ、滞在していたアパートの特徴を伝えるも知らない、との返事。諦めて自力で道を探し始めるもやはりわからず途方にくれる娘と私。 すると今度は、私たちを心配してか、後からついて来ていたその夫婦の方から話しかけて来て下さり、電話を貸すから、と。しかし電話番号わからず。結局、車を出して下さることになり、一緒に近所一帯をくまなく巡り、ようやくアパートを発見、帰着した時には、時計の針は深夜1時を指していました。  ところで、道を探してさまよっている最中、娘が私に突然した質問は、「父さん、このまま家に帰れないのと、カメラをなくすのと、父さんにとってどちらが嫌なこと?」でした・・・。私の答えは・・・

「源流を遡る」アメリカ旅行記 no.10  〜バッファロー「きれいな川」〜

  • 2019.02.08 Friday
  • 11:57
 盛岡は市内を流れるきれいな川の流れを楽しむことが出来る街です。シーファー宣教師の出身のバッファローも川・そして滝で有名な街でした。世界三大瀑布の一つに数えられるナイアガラの滝があり、圧倒的な迫力の光景が目の前に広がっていました。  「バッファロー」という町の名前、その語源としてアメリカンバイソンばかりを想像していたのですが、元々はフランス語の「きれいな川」が語源だとか。アメリカで、そして盛岡で、川の流れを眺めつつ宣教に励んだ宣教師は、天の都の中央を流れるという川、この地上のどんな川よりも美しい「バッファロー/きれいな川」で安らいでいるのですね。

「源流を遡る」アメリカ旅行記 no.9  〜引退しても宣教師〜

  • 2019.02.07 Thursday
  • 10:50

    

 

 1/12(土)にバッファローのランドールバプテスト教会で行われたシーファー宣教師の葬儀でメッセージを担当しました。

 英語と、そして自分で通訳する形で日本語で。先生が岩手で始めて下さった宣教のわざが、今もどのように引き継がれているのか、ということを中心に語ったのですが、バイリンガルで語ったことが集まった方々に、日本という異文化での働きのリアリティを感じさせることになったようです。葬儀後、何人もの方が声をかけて下さり、翌日の礼拝においても同じ形でメッセージをすることに。

 葬儀にはバッファローと、国境を越えてカナダに在住の日本人の方々も集まっていました。約20年前に宣教師を引退して帰国した後も、日本人を探し出しては一緒に聖書を学び、福音を伝え続けた先生のことを娘さんは「父は宣教師を引退しても宣教師でした」と称しました。亡くなる直前までも日本人集会の計画を立てていた、日本と日本人をこよなく愛し、仕え続けたその信仰と情熱が迫って来ました。

 

「源流を遡る」アメリカ旅行記 no.8  〜厳寒の町〜

  • 2019.02.04 Monday
  • 23:10

 盛岡の生活で寒さには慣れているから大丈夫とたかをくくっていたものの・・・・バッファローは寒かった! どこに行くにも外を歩くのは、寒さに震えながらのものになり、娘が余りの寒さに泣き出したほど。北緯39度の盛岡に対して北緯42度のバッファロー。 その差3度は思いの他大きなものでした。
 私が日本に帰った一週間後には大寒波到来によりさらに気温は下がり、学校は3日間休みになったとのこと。寒さのため休みとは何とまあ!

「源流を遡る」アメリカ旅行記 no.7  〜共生仲間〜

  • 2019.02.03 Sunday
  • 15:59

            

 

 地域によって「人と人との距離感」は異なるものです。しかし、地域によって「人と動物との距離感」もまた異なるものだと知りました。

 福島の実家のある町は現在人が住めなくなりました。だからこそ、一時帰宅の際には、実家がもはや人の場所ではなく、動物の住処となったことを思い知らされます。ですがもともとその町は、動物たちにとっても住処であったはず。後からやって来た人間たちが自分のスペースをどんどん広げて行っていたというのが実のところ、なのですが。

 ところが、町の造り方の違いなのでしょうか。バッファロー滞在中、動物(鳥)たちは、そこが自分達の街でもあると主張するかのように、物おじすることなくその姿を表してくれました。この距離感の違いは何でしょう。

「源流を遡る」アメリカ旅行記 no.6  〜街を知りたきゃとにかく登れ〜

  • 2019.01.30 Wednesday
  • 23:39

     

 

 シーファー先生が送り出され、宣教師を引退後、戻って約20年を過ごした街バッファロー。

 そこがどんな街なのか、わからなければまず登るのが良いのです。連れて行ってもらった、市の中心部にそびえる重厚な30階建ての建物は、1932年建造のバッファロー市役所なのです。足を一歩踏み入れいれば、ここは博物館?と見まごう天上壁画。 エレベータでたどり着いた屋上の展望台からは、エリー湖に沈む夕日に照らされる街を眺めるパノラマ。

 

 近視眼的になりがちな考えを改めて俯瞰することは有益ですが、私たちには見えず理解できない「過去」と「今」と「未来」のつながりを神はどのように見ておられるのだろうか、そんなことを景色を眺めつつ考えていました。

「源流を遡る」アメリカ旅行記 no.5  〜歴史風土を作る意識〜

  • 2019.01.24 Thursday
  • 19:19

            

 

 ヨーロッパの古い町並みを訪れた時にも感じたことですが、バッファローの街においても魅せられたのは古い建造物、歴史的な建造物の数々です。特に目をひいたのはカトリック教会の大きな聖堂でした。案内されて足を踏み入れたのは ”Our Lady of Victory” という、1926年に建造された聖堂。 隅々に至るまでメッセージ性を持たせたその作りに魅せられると同時に、90年以上前に重機を使わずに建造した当時の人々の苦労をもまた思いました。 

 気候風土のゆえか、文化のゆえか、日本において、そのような歴史的な建造物を見つけることは稀かもしれません。一般の家々でも、この家は自分の祖父母が住んでいたものをリフォームして自分が、というような言葉を耳にしました。特別な建物のみならず、身近な建物に関しても浸透するそのような意識が、町全体の「歴史性」を高めていくのかもしれませんね。

「源流を遡る」アメリカ旅行記no.4  〜アメリカいつも2人旅〜

  • 2019.01.23 Wednesday
  • 16:23

 

 

 アメリカへの旅は2回目でした。前回は23年前。大学受験を終えた3月に、大学生だった兄との2人旅。その直前には、母親代わりのように浪人生活の1年間を支えてくれた祖母の突然の死があり、傷心を抱えたままの出発でしたが、降り立った先では、見るものすべてが珍しく、ただ歩く道端の光景も、車からの景色も、何もかも興味深く眺めていたことを思い出します。私にとって、いつでも海外での滞在は、共通する点、異なる点を確かめながら、自分が置かれている「場所」を顧みる機会となりますが、前回の訪米から今回までの23年間は、学生生活、神学生生活、牧師就任とその働き、結婚・・・それらが全て詰め込まれている期間。宣教師の葬儀への出席という、期せずして訪れたこの旅の機会を通して辿った歳月をも振り返る時となりました。

 

 前回は兄と、今回は娘との2人旅。彼女の眼にアメリカは、どのように映ったでしょうか。 気が収まらないのは、今回は既に新学期も始まるために、私との同行を妹に譲る形となった長男です。 自分もいつかお金を貯めて、絶対に父さんと一緒にアメリカに行く!と息巻いていますが、実現するのは一体いつのことでしょう。 23年後? 楽しみにしながらまた一歩一歩、踏みしめて参りましょう。

 

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