「源流を遡る」アメリカ旅行記no.3  〜カナダ側には美味しいレストラン〜

  • 2019.01.13 Sunday
  • 01:49

 

 国際空港の税関が苦手です。あの独特の緊張感。もちろん重要な役割ですから、税関職員も真剣です。ノンネイティブの外国人にも容赦なく早口でかけてくる質問も、聞き漏らすまいと集中が求められます。かつて、イスラエルのエルサレムの空港では、税関で別の部屋に連れて行かれてそのまま1時間ほど待たされる、ということもありました。
 
 乗り継ぎのために辿り着いたニューアークの空港で、長い列に並ぶこと約1時間。いかにも厳格そうな職員が待ち受けており、緊張も高まります。私をジロリ、娘をジロリ。

 

「目的地はどこだ?」 
 「バッファロー」 

   途端に表情が緩む職員。
「ナイアガラの滝に行くのか?」
 「そのつもりですけど」
「だったらカナダ側に行くといいよ。美味しいレストランもあるから。良い旅を!」
   最後はニッコリされて税関通過。

 

バッファローはナイアガラ。ナイアガラはカナダ側。カナダ側には美味しいレストラン。

旅行会社よろしく情報までくれた税関職員のニッコリ笑顔に、ほっと一安心の一幕でした。

「源流を遡る」アメリカ旅行記no.2  〜キンドルは飛んでいく♪〜

  • 2019.01.11 Friday
  • 17:50

 

 噂に聞くバッファローの冬の寒さ対策のための防寒着、防寒靴、土産、撮影を楽しみにしていたカメラ関係の準備品などなど、今回の旅のために入手してそろえたものの中に、新たに購入してみて、これは大正解!と言えるものが一つあります。それは、AmazonのKindle paperwhiteという一品でした。   

 

 読書用に特化したこの小型端末を購入しようと思ったのは、大の読書好きである娘が何冊もの本を持っていこうとしているのを知ったから、そして、私もいつも本を数冊持ち歩く旅人であるからです。 以前には、何でもできる(ネット検索、映画鑑賞、アプリ使用など)タブレット端末に比べると、「本しか読めない」Kindleは、何とも見劣りする気がしていたものでした。しかし、実際に使用している人たちの感想を聞いたり、読んだりすればするほど、、「本しか読めない」ということにこそ価値があるということが分かってきました。中古であるならば4〜5000円で購入可能。ということで、旅の直前に手に入れて、慌てて何冊もの本を、新旧約の聖書もダウンロードして旅に身を投じたのでした。(アマゾンプライム会員であるならば、無料でダウンロードできる本も多数)  

 

 結果、長い飛行機の旅、現地到着後の空いた時間、このキンドルは、私の手と娘の手とを行ったり来たりすることに。「キンドルどこ?」「キンドル貸して」・・・その使用頻度たるや、もうそれぞれが一台ずつ持っていても良いのではないかと思ったほどです。スマホでもタブレットでも読めるからそれで十分じゃないの?との意見に対して、今なら私も言うでしょう。「本しか読めない」ということにこそ価値があるのです。電池の持ちが違います。そしてpaperwhite・ペーパーホワイトタイプは目が疲れにくく、小さく薄く、腕も疲れません。他のことが出来ないからこそ読書に集中できるのです。   

 

 まだまだ続く旅の途上、空港での待ち時間、飛行機、車、電車での移動中、その他の時間で重宝することになるでしょう。父と娘の間を往来しながら、キンドルは飛んでいく♪

「源流を遡る」アメリカ旅行記 no.1 〜教訓:チケットは握りめよ〜

  • 2019.01.10 Thursday
  • 16:21

 岩手の盛岡からアメリカはニューヨーク州のバッファローへの旅にかかる時間は27時間。3本の飛行機(仙台〜東京、東京〜ニューアーク国際空港〜バッファロー国際空港)を乗り継ぐ旅となります。つまり仙台でのチェックイン時に受け取る搭乗券は、私と、同行の娘×3枚の計6枚分となります。最も長いのは、東京からニューアークまで、太平洋とアメリカを一気に飛び越えるフライトなのですが・・・。  

 

 機上での約12時間の「拘束」の後の到着の際にはまさに「解放」された気分になります。手元、足元に置いておいた手荷物をかき集め、動き出した列に従いぞろぞろと機外に出て行ったのですが、娘が一言気になることを言いました。「父さん、座席の下に何か落ちてたよ。」  何かとは何ぞや。どうせ大したものではない。今はこの機内から一刻も早く外に出て、入国審査の列に並ぶのだ! と私の思考は鈍く反応。 案の定、税関の前に延びた長い長い列に並ぶこと約1時間、改めて娘の言葉を思い起こし「ん?何か落ちていた?」と、ようやく頭が動き出したのです。 どんなものが落ちていた?「何か紙。新幹線のチケットみたいなやつ。」 いや新幹線のチケットは手元にあるぞ、となると・・・ない。ない。ない。 ポケット、カバン、これから乗り継ぐニューアーク空港からバッファロー空港までの搭乗券がどこにもないのです。 何かを取り出した際にカバンのポケットから滑り落ち、「解放」されて、機内の床の上で自由を謳歌していた搭乗券・・・。  

 

 飛行機まで引き返して掃除の方が見つけたであろうそれを回収しようか。しかしこの税関の列に並ぶことすでに約1時間。行って戻って来るのではさらにどれだけの時間がかかるかリスクが高い。さあどうしよう? そうこうしている内に、税関のカウンターに到着。ああもう引き返すことは出来ない、ええいままよ、と税関通過。 さあどうなるか? こんな時に思い出すのは、8年前のイギリス・ヒースロー空港でのチケット買い直し(家族分)の一件。 

 

 航空会社のカウンターに行き、青い顔して「チケットを落としてしまいました・・・」と説明する私。すると、帰って来た答えは・・・「O.K.パスポート見せて」 そして手元でコンピューターのキーをカタカタカタ・・・「はい。どうぞ」と渡されたのは、新たに印刷された二人分の搭乗券。 私の心配は杞憂に終わり、いとも簡単に再発行された搭乗券。 搭乗券以外にも、何かが滑り落ちた可能性もありますが、それはもう考えないようにしています。

 

この度の教訓: その1 搭乗券を無くしたとしても心配しすぎてはいけません。再発行が可能です。

 

その2 それでもやはり無くさないに越したことはありませんから、しっかり握りしめましょう。

 

その3 例え長時間のフライトの後だとしても、娘の言葉にはちゃんと耳を傾けましょう。

歴史をさかのぼる旅に

  • 2019.01.08 Tuesday
  • 01:09
 先月12月、47年前に教会を創立したシーファー宣教師が天に召されました。今週土曜日、記念礼拝が行われます。場所はニューヨーク州バッファローの教会で、私もそこに駆け付ける予定です。飛行機を乗り継いで、時差が14時間のバッファローに辿り着くのは盛岡を出発してから実に23時間時間後のこと。この長旅を前に、諸々の準備を続けています。  しかし23時間の長旅と言いましても、約半世紀前にシーファー宣教師一家が来日を果たした時、乗って来たのは飛行機、ではなく船でした。移動の手段も時間も今とは異なる時代に、祈りに送り出されて日本に、岩手に定住をしたご一家のその足跡が残されています。福音を伝えたい、分かち合いたい。この思いによって設立された教会では、さらにその福音宣教の精神が燃え続け、飛び火しています。 20年前から取り組むフィリピン・バターン半島での教会開拓宣教。現在、その働きにあたるフィリピン人の牧師からも連絡が届きました。もし盛岡の教会が生み出されなかったら、今、私たちの教会も生み出されていない、ぜひ私からの感謝も伝えて来てほしい、と。  宮古市における教会開拓の働きも本格的に始まりました。宣教師本人は天に召されても、その信仰は今も語り続けます。この良き知らせを分かち合おう!!と。

47年前のクリスマス

  • 2018.12.28 Friday
  • 15:00
 今年のクリスマスの諸プログラムの中で一つ印象的なことがありました。  クリスマスイングリッシュカフェに参加された方と話をしていた折、彼女が「私、昔この教会で学生時代にクリスマスを祝ったことがあるんです。もう50年近く前のことですが、アメリカ人夫妻の家に集まって・・・」と語られたのです。教会創立は47年前ですから。創立者であるシーファー宣教師の名前を伝えたところ、懐かしそうに「そうそう。優しいご夫妻でした」と。  シーファー宣教師が天に召されたのはその日の前日のこと。 約半世紀前に同じ場所で持たれたクリスマスの光景を想像しつつ、この場所で繰り返し繰り返しささげられて来たクリスマスの礼拝に思いを馳せたことでした。

「シンドラーのリスト」(1994) 拝啓 17の君

  • 2018.12.21 Friday
  • 10:05

 

 今年度も大詰めを迎えた、専門学校の「生命倫理」のクラスの中で、1994年の映画「シンドラーのリスト」を学生達と鑑賞。何と言いましても、3時間を越える195分の大作ですから、9:30開始の1時限目から4時限目までを特別に費やしての鑑賞となりました。

 劇中で相次ぐ、人の命があまりも軽く扱われてしまう残酷な描写の数々、そしてそれは架空の話ではないという世界の現実、歴史の事実が、教室の空気をどこまでも重くし、学生達にも迫ったようです。「朝からこの映画はきつい・・・」という感想がちらほら。 私にとっては4度目の鑑賞となりましたが、様々なシーンから新たな気づきも与えられます。 ユダヤ人の強制労働収容所に収監された人々をさしたる理由もなく殺す所長のことを、主人公のシンドラーがこう評します。「戦争がなければあいつも普通の男だ」。・・・「普通」と「狂気」の境界線は、一度またいでしまえば良心の呵責はいつしか薄まり、一方、狂気はどこまでも肥大し続けて行く、そんな人間の性質が色濃く表されているセリフでした。 

 

 教室の学生達の姿を見ながら、目を見開いてスクリーンを凝視していた自分の姿がふと重なりました。この映画が封切られた1994年、195分という長さに気後れしながらも、話題の一本ということで映画館へと向かいました。高校三年生のことでした。その時の自分が鑑賞後、どんな感想を持ち、何を考えたのかは覚えていません。しかしその翌日の放課後、私は同じ映画館に戻って行き、2日連続で再び195分、スクリーンの前に座ったことを覚えています。 2日間ともすっかり遅くなった帰り道、電車の窓の外に見える暗闇がいつもよりも深く、濃く感じられたこともぼんやりと覚えています。

 17歳時分の私。何故君は二日間、映画館に足を運んだのでしょうか? 君はこの映画を通して一体何を考えましたか? この映画は君の世界や人間の認識にどのような影響を与えましたか? 君はその時、この世界の未来にどんな希望と不安を抱き、自分自身の将来をどのように描いていましたか?  返っては来ないこれらの問いの答えを想像しつつ、24年後の現在、目の前にある「世界」との関わりを続けています。

志は継がれ行く

  • 2018.12.18 Tuesday
  • 14:03


 教会を創立した宣教師が86歳の生涯を閉じて、天に召されたその3日後、日曜礼拝の中で「派遣式」が行われました。今後、宮古市に新しい教会が生み出されるため、「教会」の働きとして3人の宣教師たちがチームとして働いていきます。
 47年前、アメリカの教会の祈りの中から送り出された宣教師一家によって生まれたこの教会は、岩手に、盛岡に根を下ろし、各地に福音を届けて行くための働きを続けて来ました。そしてその教会の祈りの中から、さらに新たな教会が誕生しようとしています。
 時代と担い手は変われども、変わらぬその祈りと志は引き継がれて行きます。歴史の一コマとしてのその瞬間が刻まれました。

最高の人生を見つけた師

  • 2018.12.14 Friday
  • 12:06


 一昨日の葬儀に続き、本日受け取ったのは、私が現在牧師として仕える教会を創立したクリフ・シーファー宣教師の召天の報でした。1965年に船に乗って家族で来日し、この岩手県に居を移し、日本人を愛し、教会を愛し、仕えられたその信仰が、今も教会には引き継がれています。
 4月に最後の来日を果たされた際にかけられた言葉が耳に残っています。「私はあなたを理解しています。そしてあなたを応援しています。」 私が牧師になったときにはもうすでにアメリカに帰国された後でしたので、お会いしたのはわずか2回のみにも関わらず、こちらから送る週報や祈祷課題を丁寧に読み込んで、祈り、折につけ連絡を下さいました。8月に盛岡からチームを率いて岡山へと駆けつけた際にも、娘さんを通して「あなたのことを誇りに思う」というメッセージを下さいました。 その人生を通して証しされた信仰が引き継がれ、その宣教に対する情熱が教会に引き継がれています。

 昨日、専門学校の教室で学生達と鑑賞したのは、モーガン・フリーマン/ジャック・ニコルソンという2人の名老優が主演する映画「最高の人生の見つけ方("The bucket list")」でした。突然の病の発覚とまじかに迫る人生の終結を前にしてその時2人が最高の人生とは何か考えながらの「旅」をする内容です。

 シーファー宣教師の人生を考える時、それはいつも「最高の人生」であったと思うのです。息子と妻を先に天に送りつつも、天の御国という「行き先」を知りながら、神とともに歩みを続けた旅、神に仕え、人に仕え続けたその旅の軌跡が残されています。一生懸命に見つけなくても良い。神を知り、イエス・キリストによる罪の赦しと永遠のいのちを知った者には、神が最高の人生の結末・天の御国を備えて下さっているのです。

雪の中をひた走り告別の場へと辿り着く

  • 2018.12.13 Thursday
  • 21:23


 2004年に牧師になってから、これまでに何件の葬儀を執り行ってきたでしょう。自分が牧する教会の信徒の方々の葬儀、他教会の方々ではあるけれど、遺族の依頼を受けて執り行った葬儀、しばらくの闘病の後に召された方々の葬儀、突然召された方の葬儀・・・。

 今回の葬儀は、盛岡市ではなく宮古市を会場とするもので、当日の朝、2時間かけて駆けつけるはず、だったのですが、昨日は折しも前夜からの降雪により盛岡市内は大渋滞。牛歩のような車の進みで余裕をもって出たはずが、盛岡脱出もままならず。途中進路を変更し、山間の裏道に抜け出して、東へ東へひたすら進み、会場到着は葬儀開始の10分前のことでした。

 葬儀、火葬、拾骨と進む時間を過ごしながら、故人の人生のみならず、自らの人生をも顧みる時を過ごしていました。きっとそれは、私だけではなく参列した方々が一様に同じ思いを抱いていたのではないかと思います。

伝道者の書7:2は言います。
「祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行くほうがよい。そこには、すべての人の終わりがあり、生きている者がそれを心に留めるようになるからだ。」

牧師の仕事・葬儀篇

  • 2018.12.10 Monday
  • 23:52


 つい最近誕生した赤ちゃんたちのための「献児式」を執り行った昨日の日曜礼拝。日が明けた月曜日の今日、突然の訃報が届き、そのご家族の元に駆け付けました。 行われた葬儀屋、ご家族との葬儀の打ち合わせ。愛する家族の死の喪失を味わいながら、いや本当に味わうのは多くの場合しばらく後になってからなのですが、葬儀のためには短期間の内に実に多くのことを決めて行かなければなりません。 葬儀の段取り、プログラム、奉仕者、連絡、会葬者へのお礼、食事、棺の種類、祭壇の装飾等々。 どこかの葬儀屋の広告に記載されていましたが、人生の内で喪主として葬儀に携わるのはせいぜい1、2回。 多くの遺族にとって、葬儀の「勝手」はわからないものです。しかし牧師は仕事柄、何度も何度も葬儀の段取りを繰り返すため「勝手」がわかるようになります。 遺族の間に入り、一緒になって葬儀について考えるところから始まり、通常、親族のみで行うであろう収骨にも同席し、お骨を拾うことまでもします。
 具体的な準備を進めつつ、心は残されたご家族の慰めを祈り続け、頭の中は様々な段取りと、特には告別説教について、何を話すかを考え続けることになります。

 牧師とは、つくづく特殊な職業だと思います。  明後日執り行う葬儀に向けて、明日集中して準備をする予定ですが、その前夜、今は神の慰めを祈る祈りが心に満ちています。

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